武芸の隆盛な戦国時代、興福寺の一院である宝蔵院に、生来槍術の好きな胤栄(いんえい)という法師がいた。 槍術を深めるために精魂を傾けていた胤栄は、ある夜、猿沢池の水に映る月影を眺めていた。 その時、ふと鎌槍を思いつき、以来独自の槍技の練磨に励み、ついに天下無敵といわれる宝蔵院流の極意を編み出し…
茶道石州流の祖・片桐石州は、土木普請奉行として、大和河内1万数千石を領する江戸初期の大名であったが、また、徳川四代将軍家綱の茶道師範として幕府につかえた茶人(ちゃじん)でもあった。 大名の間で盛んに行なわれた石州流の特色は、町衆にはない大名の風格を備えた「わび茶」にあり、この彼のひらいた茶境…
今から、1350年ほど昔のこと、大和の国茅原(ちはら)の里で生まれた小角(後の役行者)は、幼い頃から呪術にかけては特異な才能を持っていた。 優れた修験者になるため、山に籠り厳しい修練を重ねた小角は、ついに金剛山で法起菩薩を感得し、神通力を持つようになった。 ところがある夜、孔雀明王が夢枕に…
延享、寛延、宝暦期にかけて、枝や花の形を優先する”いけばな”とは対照的な、文人生(ぶんじんいけ)が知識階級の間で注目を浴びた。 とくに、世の中の拘束から脱して、自由な境地を求めた文人(詩、書、画にすぐれた知識人のこと)の人生観を反映した、この煎茶道の茶花は、上層階級の武士や僧侶達に支持を受け…
約千年前のこと、文徳天皇の御妃(おきさき)染殿(そめどの)皇后は永い間お子様が生まれず、大変お悩みの折、ある夜不思議な夢をご覧になった。 都の南一里(約4km)ほど先にある寺の地蔵尊に帯を巻き付け、その帯を解いて皇后の体に結び解けば、ご懐妊、安産は間違いないという夢である。 天皇はさっそく…
玉鬘(たまかずら)は、内大臣と夕顔の間に生まれたが、4歳の時、母と死別した。 その後、筑紫(現在の九州)に下り、荒くれの豪族の求婚を受けた。 しかし、姫を京に連れ帰り、父に会わせたいという乳母の願いもあって、ある夜ひそかに筑紫を去り京に上った。 当時、とくに女官の尊崇(そんすう)が厚かった…